キャリア メンター ネットワークは、将来性ある若者のキャリア形成をサポートします

ブログ

キャリア形成をさまざまな視点で見つめます

第4回 四十八にして立つ

一歩ずつ、前に進もう 2016/03/24(木) 11:44

こんにちは!水谷弘隆です。月イチの本ブログ連載第4回目のトピックは、「48歳で独立して考えたこと」です。

僕は今年4回目の年 男、年末の12月28日に48歳になります。子供のころはこの誕生日が好きではありませんでした。冬休み中で友達に祝ってもらえないし、年の瀬で親は忙し くしているし、クリスマスとお正月にはさまれて何となく一緒くたにされてしまっている気がしたからです。

でも、大人になってからは「悪くないな」と思うようになりました。歳を一つ重ねてお正月を迎えることができるから。自分の新しい一年が新年とほぼ同時にやってくるので、気持ちを新たにしやすいのです。

 そうして幾星霜、不惑を大きく過ぎた今となっても、ちっとも惑いがなくなりません。いや惑いばかりの日々です。自分だけではなくて、周囲を見渡しても「40代で惑いがなくなった」風な人はほとんど見当たらない。僕の師匠筋のある有名著者の方は、「人生50年時代と人生80年の今では、時間の進みかた、人間の成長も1.6倍してちょうどよいのではないか」との持論を展開されています。この計算でみると現代の不惑は64歳です。而立(30歳)は48歳。なるほど、今の自分の状況に当てはめると「四十八にして立つ」がぴったりなのです。

四十八にして立つ


僕はこの6月からサラリーマンという安定した身分を捨てて、独立事業者としての道を歩みはじめました。給与所得者としてちょうど四半世紀を過ごし、初めて「自由と自己責任」の世界へ入ったのです。この決断は必ずしも100%ポジティブな理由によるものではなくて、不本意な状況を打破したいのと、以前からの目標だった独立を実現したいのが半々。様々な要素を考慮した上で最後は「えいやっ」と会社を辞めたわけです。

 自分が会社を辞めたことについては人によって全く異なる受け止め方をされています。以前勤めていた会社の先輩や元同僚からは「なんで会社を辞めるの?」と「意味が分からない」「何考えているの?」というネガティブ反応。その後何回も転職したことについても、多少は興味を持ってくれてもよさそうなものですが、無関心か冷ややかな視線でした。

 一方で、サラリーマン時代からお付き合いのあった著者や経営者の方々からは「やっとやめたのか」「遅かったね」「えっ、まだ辞めてなかったの?」。そして家人は、最初は反対したものの最終的には納得、「信じているから頑張ってね」と温かいサポートをもらっています。この理解と支えが何より嬉しく心強い。配偶者の理解を得るテクニックについては、ご希望の方にはこっそり教えます(笑)。

 このように、人の価値観は千差万別。誰が正しいというのではなく「違う」のです。ある人に、自分がやろうとしている行動に対して何かネガティブな意見を言われても、そのアドバイスにはその人の価値観によるバイアスが必ずかかっているのです。

 サラリーマンをやめてまだ半年弱しか経っていませんが、会社に勤めていたのは遥か昔のように感じられます。まだ安定経営には程遠く「経営者です」とは恥ずかしくてなかなか言えない自分ですが恐らくもうサラリーマンに戻ることはないでしょう。人から何を言われようが、結局は自分で考えて自分の価値観に従って決めた道です。「何とかなるだろう」「自分なら何とかするだろう」という根拠のない自信はあります。「なかなか思うようにいかない」「どうやればいいのだろうか」と惑いだらけの毎日ですが、自分で道を切り拓いていく楽しさには代えられないのです。

 これから就活のみなさん、就活に苦闘している人、就職したものの仕事にフィットできず悩んでいる人、辞めたいと思っている人。若い方たちはキャリアに不安や惑いをたくさん持っていることと思います。景気や「大人の事情」に振り回され続けて、いい加減心が折れそうになっている人も多いでしょう。でも、オジサンたちもまだ惑っているのです。キャリアは惑ってナンボ。惑いがまったくないと言い切れる人は、逆に「成長が止まっている人」なのではないでしょうか。困難に直面し、突破口を見出そうともがいてリスクをとったとき、自分は次のステージへ進むことができました。悩んだままで行動しなかったときは何も変わらない。自分がエラいと思ったことは一度もありませんが、いつまでもリスクをとって挑戦する精神だけは自画自賛しています。

 キャリアにおけるリスクのとり方について、成功体験とたくさんの失敗に基づいた自分の思いをおいおい語っていきたいと思います。