これまでのところ、前者のケースと後者のケースの比率は3対7くらいである。後者のケースは、ほとんどが仕事上での悩みであり、その6割くらいが転職をしたいという内容である。小職自身も教師になる前はサラリーマンであったし、転職もしてきたし、経営者としての経験もあるので、話を聞いて可能な範囲でアドバイスをしている。本人がより的確に判断するためには、組織のなかだけでものごとを判断するよりも、組織の外にいる立場からの観察が役に立つかもしれないと考えるからである。
彼らの話を聞いていると、私が企業に入社した当時であれば上司に相談すれば簡単に済むような内容の悩みが多い。上司や同僚と話をしたのかという質問をすると、周囲に相談相手となってくれる人がいないという。そのような場合は、周囲や上司とどのような対応をしてきたのかを聞き、本人サイドに解決策がある場合は、あらためて上司や組織内の関係者と相談するようにアドバイスをしている。そうしたアドバイスで解決できたという連絡を受け取ることがある。しかしながら一方で「話せばわかる」という周囲との関係がほとんど存在しない職場があるということに驚かされる。
そうしたことが重なるにつれて気になりはじめたことがある。それは私を訪ねてくる卒業生たちのなかに、社会に出てから何となくこころもとなさを感じながら生活をしている人々が多いということである。いいかえれば、彼らの間に「よりどころ」という場の喪失感があることだ。われわれが社会に出た当時は、職場が仕事をする上でのいわば唯一の「よりどころ」であった。最近の大きな変化の渦に巻き込まれているといえばそれまでだが、個人にとって大切なことはその渦中で生き抜くことである。彼らにとっては、それはいわば海図なき航海をするようなものなのかもしれない。
私は、これからの日本企業の成長を考えるのであれば、仕事の場が依然として「よりどころ」でるあべきだと考える。しかし、それが大きく揺らいでいるのであれば、生きていく上でのいくつかの「よりどころ」をもつこと、つまり、錨をおろせる港をいくつか持つことが必要である。それは趣味の世界でもボランタリーのグループでもコミュイティの活動でもよい。さまざまな世界の経験・知識・情報の豊かな人々と出会う場をもつことが大切なのである。要は、「よりどころ」という対面的な場を複数もつこと、つまり直接会って会話をする機会をたくさん持つことである。そうすることで、より広い視野で、より多くの視点から自分自身の現在地を見極めることができる。目的地がはっきりして現在地がわかれば自らの航路はおのずと創りだすことができるのではないか。