簡単に自己紹介を。1977年生、小中高は帯広市で過ごし、札幌市の某H大学文学部卒業(2001)、社会心理学専攻。卒業後、某人材組織開発コンサルティング会社に就職。 東京と東北で営業、営業所長、調査診断コンサルタントを経験し退職。3ヶ月の休養、3ヶ月の転職活動を経て東京の某インターネット広告代理店(東証一部上場)でWEBアナリストを約2年、某社OBによる人材組織開発コンサルティング開発担当を約2年、そして某企業研修会社にて人材組織開発プロデュース部リーダー。2015年3月産業カウンセラー資格取得。同年末、故郷である北海道十勝地方に帰郷。
今現在「開業準備中」という名の無職ですが、帯広市内リノベーションホテルのオープニングスタッフや、老舗百貨店が個人に初めて開放したウィークリーショップ第1弾でアロハシャツ専門店開店、駅前空きスペースでのマルシェ運営サポート。その他、十勝の素材でお菓子をつくり被災地を支援するひとりプロジェクトや、とある村で来年開校する生涯教育施設運営サポート、などなど。はたから見ると「何屋?、何者?」かもしれませんが、今お手伝いしていることすべて、自分という「幹」にから伸びたお仕事をさせていただいていると思っております。そして先日、来年の開業に向け海外研究させたいただけるかもしれない?大チャンスのプレゼンテーションを終えたばかりです。
さて、はじめにお伝えさせていただきたいこと、私のキャリアの8割、失敗してきたと思っているということです。ただ、残りの2割は成功してきたと思ってます。 どんな失敗、成功?についてはおいおい触れてまいりますが、見方をかえると、私は15年で、この世界に価値貢献、価値創造は2割しかできてらず、8割はご迷惑をおかけしている人間だといえます。 ただし、成功・失敗というのはそもそもが主観的認識。一人ひとり、成功・失敗のとらえ方は違うと思います。
産業カウンセラーの立場では、相手(クライアント)が話す成功・失敗の背景にある物事のとらえ方、感情の動きを「無条件の肯定的尊重」「共感」「積極的傾聴」のスタンスと技術で接していくことになります。
一方、企業の立場は違います。なんらかのモノサシを使わなければ企業のしくみは機能しないし、企業そのもののPDCAも回せません。そのため役職者が企業それぞれのモノサシで評価処遇し、その結果をもって成功・失敗と判断されることは当然です。客観的把握がなければ人材育成、人材活用のアクションもとれませんよね。
さて、ここでメッセージしたいことは、企業のモノサシによる成功・失敗と自分がとらえる成功・失敗は違うけど、真実は常に自分の方にあるのではない〈か〉こということです。
正解かどうか、価値があるかどうかは別の話として。 例えば、あるモノサシにおいて、富士山の頂上に到達することが成功だとします。はやく到達する人間が優秀で成功者、かもしれません。しかし、登るルートは複数あります。吉田?富士宮?はたまた須走?御殿場?距離も難易度も違います。そして何合目から登るのか5合目?7合目?人によっては海抜ゼロからはじめないと富士山に登ったとはいえないという人も。天候も異なります。体調だって異なります。途中、体調が悪くなった仲間のザックを背負って登り、最後になって戻してあげる人もいるかもしれません。 お分かりだと思いますが、頂上にいる人を見ても一部分でしかありません。本人が体験してきた全体、真実は本人にあるはずです。
これは、キャリアも一緒だと私は思っております。自分がやってきたことは自分が一番よく知っていること、逆にいうと他者は本人以上に知りようもありません。よく「相手は私のこと何にもわかっていない」という嘆きがありますが、おっしゃるとおり。あなた以上にわかりようもありません。 ただし。ズルをすると、かなーらずどこかで見られていて、いつか自分にかなーらず返ってくる。どういうわけかこの不思議も私にとっての真実です。 ということで、cederの見方、その1
「キャリアの成功・失敗は、自分が一番よくわかっている(自分しかわからない)」
(うざったくありますが、毎回1つ2つこんな語録?を残していこうと思ってます)
「どんなキャリアが成功か失敗か、自分が一番よくしっている」上で、私自身で成功2割、失敗8割ととらえてます。 メンターブログ執筆陣で一番不出来なキャリアです。でも、ちょっとだけ勇気もってもらえるかもしれません。「よくこんなので社会人やってんなー」と。
次回以降触れざるを得ない、私のキャリアの真実。30代初めからの「うつ」。一生戦い続ける「アルコール依存症」。最近わかったADHD。 「よくこんなので生きてきたよなー。」たまーに自分でもびっくりしています。そしてその後すぐ、家族、友人知人、仕事仲間、そして何人もの上司への無条件の感謝(一部その逆の感情)がわきでてくるのです。