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社会を作り出しているのは、個人個人の認識

心に「しなやかを」を 2017/12/29(金) 11:03

 

 

大相撲協会の話は長引いていますね。憶測が飛び交ってワイドショーネタとしては最高かもしれません。

実際「あの傷害事件の時、実際に何が起こったかということの真実を知りたい」という言葉をよく聞きますが、ビデオでも取ってない限り第三者は知り得ないでしょう。何故なら、今となっては、当事者達の認識によって全て異なった光景となってしまっているからです。 

例えば、事件が発生した当初、当事者やそこにいた人達は、説教の延長であって「事件」として存在していませんでした。ところが、貴乃花親方が動いたことで世間に事件として広がったと報道もありました。

実は、この当事者達と同じことが皆さんにも起こっています。「え?ウソ!」と思う人がいるかもしれませんが、会社でも家族の間でも普通に起こっています。

社会を作り出しているのは、個人個人の認識

 

たとえば、会社の出入口のすぐ横に小さな箱が置いてあって、誰かが引っかかって転びそうになりました。これを聞いた人が「私もそのだ箱は知ってる。いったい何故そんなところにそんなものが置いてある?」という話題になり、それを聞いた人が「あれは、ずっと前から置いてあった」とか「え?そんなのあったけ?でも、それはダメだよね」と周りも言い出しました。

どうもその小さな箱は長い間そこにあったようです。しかし、存在に気づかなかった人もいたくらいでした。ところが一人の事件から小さな箱が注目を浴びたのです。結果的には、その箱の中身を確認し、撤去されることとなりました。
どこにでもある小さな出来事です。

このポイントは、「転びそうな事件」が起こる前は、その箱は社会的に存在しなかったという事です。確かに物理的には存在していたのです。しかし、人々が日常の生活をしていく上で、その箱は存在しなかったのと同じということです。

ところが、「転びそうな事件」が発生した後、その箱は、急に存在がクローズアップされることになります。人々が生活をしていく上で、その箱は「危険な箱」として社会に現れたことになります。

もしかすると、横綱達は、「事件だ」と指摘されるまで、この「箱」のように「殴る」という行為は存在しなかったかもしれません。(せいぜい強く手を頭に当てる程度かも)ですから、彼らにとって、その時、何も問題は発生していなかったのです。
「相撲の世界ではあの程度の事は当たり前のもの」という世界観があったかもしれません。(この認識の世間とのズレが問題視されているのですが・・・)

これは、「社会を構成している一人一人がどのように社会を認識しているかということによって、社会がどのようなものかが決定する」という習性があるからです。

会社や職場も小さな社会です。ですので、職場の一人一人が「問題だ」と認識しなければ、その職場には問題は無いということになるということです。上の例で言えば、みんなが「箱がある」と認識したとき初めて、箱が存在するということになります。
このように「客観的に存在があるかどうかではなく、一人一人の認識によって社会のありようが決まる」という考え方を社会構成主義と言います。

一見、「当たり前でしょ」と思う人もいるかもしれません。

この考え方だと、あなたや少数の人が「職場は、ここが問題だ」と考えていても、他の人達が「そんなことは問題ではない」と考えると、そのことは、職場の問題で無くなってしまうということです。たとえ、第三者が問題だと認識したとしてもです。そして、あなたや少数の人は、「問題だという人がいる」ということだけとなります。まるで相撲協会から見た貴乃花親方のような存在ですね。

この辺は、社会特有の現象です。何故なら、この理論を人間に当てはめると、自分自身がどこか体調が悪いと認識しなければ、たとえ医者が病気だと診断しても病気は現実に存在しないということになります。こんなことは生物学的にはありえません。ですので、社会現象を説明する社会科学特有の現象といえるでしょう。

話を職場に戻しましょう。では、この問題を解決をするためにはどうしたら良いでしょうか?

まずは、「これは問題だ」ということを共有する必要があります。まだ職場の問題になっていないのですから、いきなり「このような事をすべき」という対策について正義感を振りかざして言い出したりすると大変なことになります。箱の例でいえば、いきなり箱を放置した人にクレームを言ったり、自分でどこかに移動したりすると後で困ったことになるかもしれません。

問題の共有化ができれば、この問題は、職場の問題となり、誰もが改善したいし、改善すべきだとなってきます。すると、自然と問題の解決の方向に事態が動き出します。これが、集団の自浄作用というもので、「自分で問題解決する力」が自然と働くものです。問題が共有化された段階で、みんな困っていて、それをみんな知っているのですから、その「問題を解決できる人ができることをする」というように動き出します。

 

 

 

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